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映画と落ちること(2.映画的装置のシニシズム)
映画の神話学
蓮實重彦
1979

p231より
 1950年代から60年代にかけて起こったクレーンの権威喪失は一つの映画史的なできごとである。(中略)わが生涯の最大の恥辱と告白されるあの『クレオパトラ』を三年がかりでともかくも撮りあげたマンキーウィッツは、クレーンの上の監督の権威を決定的に崩壊させたことで記憶さるべきシネアストであろう。

 シネマスコープ・サイズが日常化し、70ミリとしてスクリーンが拡大されたとき、多くの作家たちが「構図=逆構図」ではなく、同じ一つの画面に対象をおさめようとする傾向を顕著にした。画面の大型化とともに、ハリウッド的なメロドラマや活劇に不可欠だった「構図=逆構図」およびクローズ・アップが極端に減少したのは、つまりこうした「制度的な」理由からである。
 たとえば、ヌーヴェル・ヴァーグ。彼らがクレーン撮影をしなかった最大の理由は、単に金がなかっただけである。シャブロルの伯母の遺産を唯一の財源としていたらしいこの貧しい映画青年たち(ゴダール、トリュフォーを含む)にとって、クレーンを常備することなど夢にも思わなかった。ただ、トリュフォーとシャブロルは後年、クレーン撮影を試みている。唯一、クレーン撮影を禁じてきたのはゴダールだけだった。

p234より
 ゴダールにおいては、クレーン撮影はアメリカ映画のイデオロギー的象徴そのものとさえなっている。彼は、遂に自分からは使用することのなかったクレーンを一台借りうけたとき、そこに自分のカメラを据えるのではなく、かえってカメラが映しだすべき被写体に仕立てあげてしまった。

 ローリング・ストーンズが出演した『ワン・プラス・ワン』。そこでクレーンは、「アメリカ映画のイデオロギーの象徴」としてよりも、縦の世界を垂直に貫く運動に無力な粗大ごみとして自らを晒している。
 では、クレーン以降の撮影=ヘリコプター撮影はどうだろうか。『戦場にかける橋』のラストシーン以降、60年代前半から映画はヘリコプター全盛の時代を迎える。だが、こうした一連の空中からの俯瞰が、映画の構造に少しの変化も与えていない。

p237より
 つまりヘリコプターは、縦の世界を垂直に貫く運動への映画の徹底した無力を、一瞬、記憶から奪ってみただけでの映画的幻想にすぎないのだ。空中からの大俯瞰が捉えうる唯一のものは、なおも距離の意識でしかなく、上下に位置を移動する被写体の過激な運動性を表象しうる資質はあくまで欠落したままなのだ。

 ヘリコプター撮影の唯一の例外として、著者は『ダーティ・ハリー』の夜のサッカー場のシーンを挙げている。映画の導入でも結末でもなく、単なる1シーンの中断として挿入されるこのヘリコプター撮影は、ライトに照らされたサッカー場よりも、その周囲に広がるどんよりとした夜の黒さを強調させながら、疲れきった2人の男の虚しさと同じ虚しさを漂わせていくのだ。
(参考作品)
『007・ロシアより愛をこめて』、『カプリコン・1』、『ガントレット』、『脱獄』、『カサンドラ・クロス』、『イージー・ライダー』、『恐怖のメロディ』、『サウンド・オブ・ミュージック』、『テキサスの4人』、『ハッスル』、『激走!5000キロ』
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